近代と中世の違い
近代は科学の時代で、その前の中世は宗教の時代でした。
言い方を変えると、宗教が人間を支配していたのが中世で、科学が宗教を否定したのが近代です。この2つの時代の境界で、善悪に関する考え方が変わったのだと思います。
中世では、善人と悪人ははっきり分けられていました。
教会が善人の定義を決めて、教会の教えに少しでも合わない人は悪人として、殺しても構わないとされていました。異端審問、魔女裁判というものです。
悪人が生きられない世界ですから、自分の欠点を認めるわけにはいきません。しかし欠点の無い人間などいません。欠点を隠して生きるか、自分は欠点の無い人間だと信じて(=自分をだまして)生きていました。
自分は全て正しいと思って生きている人はキチガイだと、よく連山で書かれていますが、中世の人間の生き残りだと思います。近代の精神レベルまで成長できていないのです。
生まれながら自分は正しいと考えていれば、間違いを認めないですから、自分を変える事ができず、成長もありません。
一方、科学的考え方では、完全に正しい理論はありません。例えば、ニュートン力学にある誤差は、相対性理論で説明されます。ではニュートン力学が間違っているのかといえばそうでもなく、普通の運動法則を考えるには十分です。その時点で観測できる事象から理論を考えて、それが大体合っていれば十分です。つまり、小さな間違いを含んでいても大きく合っていれば問題ないと考えます。完璧じゃなくてもいいのです。
宗教が科学にとってかわったのは、その嘘をつかなければ生きていけない息苦しさに、多くの人がうんざりしたからだと思います。
中世と古代の違い
話は変わって、中世にまったく意味は無かったのかといえば、それも無いと思います。中世の前の古代は、弱肉強食の時代です。いつ戦争してもいいし、戦争に勝てば負けた人を殺しても、奴隷にしてもかまいませんでした。むしろ殺さないぶんだけ、奴隷にすることは人道的なことでした。
そんな古代で、宗教が何をしたかというと、同じ宗教同士では殺し合いをしてはいけないと決めました。宗教内限定ですが、殺し合いを悪としたことは、大きな変化です。
もっとも、他宗教の人は殺しても良いままでしたので、宗教間の戦争は活発化しました。イスラム教とキリスト教の戦いや、カトリックとプロテスタントの戦いなどです。
古代、中世、近代と、愛する対象を広げていったのは、意味のある行為だったと思います。何千年もかかりましたが。
近代の次の時代は?
近代もいつか役目を終えて、次の時代になります。人類の進化です。それは、近代の良さを引き継いだうえで、近代の欠点を克服した形になるはずです。
近代の欠点は、大量生産・大量消費で、資源を使いすぎることがあります。資源の節約と循環型システムが必要です。
時代の進歩は、愛情をかける範囲を広げて行く傾向があります。近代で人権思想が生まれて、人は誰もが尊厳を持つことになったことの枠を広げて、人類以外の自然にまで愛情を広げていくことが、近代の次の進歩なのかもしれません。
ただし、簡単にはいきません。近代に中世の人が生き残っているように、古代の人も残っています。生まれる人がいれば、亡くなる人もいますので、教育を受けられずに文明化に取り残された人が居るのです。その人が悪いからそうなるのではなく、そういう所で生まれたらそうなるはずです。
特に最近は気候変動が始まりました。食料や住居が無く、暮らしに困った人は、中世や古代に先祖返りして、略奪してでも生き残ろうと考えます。
文明を崩壊させてしまうか、新文明を築くか、分かれ道でしょう。
敵を味方に変える
孫子に用間という一節があります。いわゆるスパイの使い方です。スパイの中で最も重要なのが反間、つまり敵陣営にいる人物を味方に変えたスパイです。
そこで、スパイの種類には、①郷間があり、②内間があり、③反間があり、④死間があり、⑤生間があります。この五種類のスパイをうまく使いこなし、それをだれにも知られないというのが、運用のコツであり、君主の重視すべきことです。
①郷間とは、敵国の一般住民を優遇して、てなずけることによって、こちらのスパイとすることです。
②内間とは、敵国の重要人物を賄賂によって味方につけることで、こちらのスパイにすることです。
③反間とは、敵からスパイとしてやってきた人間を、それと気づかないふりをして厚遇し、うまくまるめこむことです。
④死間とは、ウソの情報をちまたに流し、それと同時にこちらのスパイにもそのウソの情報を本当と信じこませて、敵のスパイをたぶらかすことです。
⑤生間とは、使者として敵国に入り、敵の情報をいろいろと探り出し、その情報を持ち帰り、こちらに伝えることです。
ですから、全軍のなかで、スパイよりも親密なポストはなく、スパイよりも高給なポストはなく、スパイよりも機密なポストはないのです。そして、すぐれた知恵がなければ、うまくスパイを使えませんし、人徳がなければ、よくスパイを動かせませんし、洞察力がなければ、スパイのもたらした情報の真偽を判断できません。スパイを使うということは、なんとも微妙なことであり、そんなスパイ活動はあらゆることに使用されます。
孫子・用間
孫子のセオリー通り、反対する陣営から来る人は、大歓迎、ウェルカムです。役に立つ情報には、十分な報酬が与えられるでしょう。
完全な善人がいないように、完全な悪人もいません。今後の行動しだいです。私たちの立場としては、敵が減り、味方が増える事は、新しい時代を築くためにも好都合なのです。
もちろん、他の種類の情報部員も歓迎します。
情報部員の訓練に参加しませんか?
3月27日、長野県の伊那サーキットで、秋月情報部の訓練を行ないます。
あわせて情報部員を募集しますので、よろしくお願いします。
詳しいことは別のコラムに書きます。
松浦彰夫 拝