流水成道blog: コラムアーカイブ

コラムのブログ記事 1 / 3

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上記映像は黒澤明監督の映画「夢」です。このシーンは何度も観ていますが、現在の福島の人々の気持ちはこんな風なのでしょう。

東日本大震災で津波に襲われ、7割以上の小学生が無くなった大川小学校でも初動のミスが指摘されています。この地域では地震が起これば津波が襲ってくるという言い伝えがあったのですから、校庭で待機するよりは早く避難するのが正しかったのです。

「てんでんこ」三陸の知恵、子供たちを救う


福島原発事故が起こったあと、ガイガーカウンタは在庫不足や流通の差し止めや価格高騰のため入手しずらかったと思います。何か事故が起こってから対応するのでは、時間もお金も掛かるということです。早めに準備しておくことが生存率を高めるために重要なことです。

地震が起きた時に津波が襲ってくることを想像できたらな真っ先に走って逃げていたでしょう。津波を目で見た時はもう手遅れです。同じように、ストロンチウムやセシウムなど放射性物質は目に見えません。しかし、多くの人は目に見えることでしか判断できません。今後の災難にどう対応するかは京都会議で話し合われます。

6月の京都会議は明日が締め切りです。下のメルマガを読んで申し込んでくさだい。

参考:秋月便りhttp://www.mag2.com/m/P0007478.html

 

降下物から微量の放射性物質 原発事故後初、大分市内

県は19日、大分市内で採取した大気中のちりや雨などの降下物から、微量の放射性物質を検出したと発表した。東京電力福島第1原発の事故以降、県内で放射性物質が検出されたのは初めて。県環境保全課は「健康には全く影響のないレベル」としている。  同課によると、県衛生環境研究センター(同市高江西)で4月1日~5月2日にかけて採取した降下物から検出。ヨウ素131が1平方メートル当たり0・76ベクレル、セシウム…

既に日本全土に放射性物質がまき散らされています。原発を封じ込める事はもはや不可能に近いでしょう。このどうしようもない愚かな政府を選んだのは、愚かな私達です。

5月千葉イベント

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千葉イベントの主催者の方とお会いする機会を得ました。お話の中でイベントに参加希望者される方の多くが、放射能や原発に関心や心配を抱いているのが伝わりました。一方では、テレビを代表するメディアの放送を信じて、イベントに懐疑的な意見もあったようです。その真意は数年後に分かる事です。しかし,その頃には手遅れでしょうが・・・。貴方が子どもや孫を持つ大人であるのなら、常に最悪の事態を考えて行動し、対策を怠らないことです。原発事故の被害を拡大させた愚かな人々と同じように「想定外」を口にするなら誰も守れないでしょう。

プルトニウムが測定できます。

詳細は主催者のブログに掲載されていますが、参加者が持ち寄った土壌を測定します。これらの試料を全部測定し地図に記せば汚染地域が視覚化されます、放射能汚染地図の完成です。このイベントは主催者のみが成功させるものではありません。既に参加を表明した方や、今から参加したい人達が成功させなければなりません。義務教育のように黙っていても小、中学校のように勉強を教えてくれることはありません。自ら積極的に動いてイベントを盛り上げて欲しいのです。イベントに参加して見聞きした内容を家族や親族に伝えて説得する自信がなければ、連れてきた方が早いでしょう。人は聞いて得る情報よりも目で観た情報の方が伝わり易いからです。

千葉イベントの目標は200人です。現在100名です、残り1週間で参加者が2倍になればいいのです。家族や恋人、友人など貴方が守りたいと思う方を誘ってください。難しい事ではありません。東日本に当事者意識を欠き、西日本に無関心な大人しかいないのなら、多くの子ども達は闇に生きることしかできないでしょう。

 


 

 

ネットでみかけた拾い物

福島原発事故の影響を受けて世界中で脱原発の勢いが増加しています。どの程度かは分かりませんが、それほど大きくはないでしょう。原発がすべて停止すれ電力を賄えない地域も出てくるので、産業面を考えれば即停止という訳にもいきません。(にもかかわらず、浜岡は停止しますが・・・)

原発に対して火力発電所の稼働率を上げて電力を確保しようとする動きが当然のように出てきました。原発の新設は無いので石油、石炭、天然ガスといった化石燃料の需要が増加します。先進国がこれらを買い占めるようになれば発展途上国のような貧しい国々は、エネルギーを手にすることが困難になり生産性が低下します。つまり、先進国は化石燃料を輸入して、飢餓を輸出するという事です。

自民党がダメだから民主党という単純な選択をしたため、日本は苦労しましたし、今後も苦労するでしょう。原発がダメだから自然エネルギー発電を選択するのも同じです。多くの化石燃料を消費するので、そのツケは子どもが払うことになります。飢餓を輸出して自国だけ生き残ろうとしても、やがて化石燃料が枯渇すれば人口減は避けられません。

参考:飢餓作戦がまもなく開始される

原発が爆発してから行動しているのでは遅く、化石燃料が無くなってから慌ててもどうしようもないのです。さらにその先を見据えて行動しなければ生死に関わりあます。誰が正しい事を言っているのか、知った時には手遅れです。結局、原発を推進してきたのは無関心な国民であり、日本国民を餓死に追い込むのも同じ無知な国民ということでしょう。とても残念なことです・・・。

関東最後のイベント→5月千葉イベント

京都会議受付中 秋月便り→http://www.mag2.com/m/P0007478.html

【緊急速報】九州から関西にかけて高レベル放射線を測定【G-watcher V2】の記事が出てから数日経ちます。その間のアクセス数は数万を超えており、その反響に驚いています。


さて、【G-watcher V2】は今回の記事が出る前に秋月便りの購読者いは先行して予約販売が行われていました。この秋月便りは複数のコラムニストが記事を書いていて、内容が政治や経済、歴史といった多分野に渡り興味が尽きません。昨年は書籍化される前の水素革命近未来!―教育における革命が連載されていました。初めの月は無料なので、お試しに購読してみてはいかがでしょう。


この秋月便りの最大のポイントはグーグルトークを使用したチャットに参加できる点です。参加方法は秋月便りに掲載されているので隅々まで読んでみましょう。


話を戻します。予約していた【G-watcher V2】が届きました。

http://gyazo.com/cd5e81e45f07b201cdac614ce23de581.png

本体×1、電池BOX×1、CD×1、解説書×1と今回は豪華特典付きでした。(ご自身で確かめてね)

宛先は東京の e Shop「電脳屋」という所からで、「逆さま厳禁」のラベルも貼られていて商品の精密さ感じることができました。電池BOXがあることから、電池さえあれば屋外での測定も可能なのでしょう。まぁ、私は手動式のガイガーカウンタを持っていますので使うことはないと思います。

今回の【G-watcher V2】のメリットは「自動式」という点です。さらに、これをTwitterやメールにも飛ばすことができるようなので楽チンなのです。設置したら、周辺の放射能状況も分かるので、危険レベルの場合、その場所へ近づかなければ安全です。さらに、これを世界中の人と情報を共有できるので「どこで放射能レベルが高いか」を瞬時に判断できるので、危険が迫れば退避することもできます。

http://twitter.com/Gwatcherver2

実際、今回の記事がアップされた時、私は台湾にいましたが、直ちに日本の家族にメールを飛ばして指示を出しました。このように世界中のどこにいても、家族の安全を確保できるという優れものです。

高性能放射線測定器G-WatcherVer2 は今年最後のコミケで定価30000円で販売されます。来年以降は、委託販売の為50000円になります。まぁ命に関わることなので安いと言えば安いですね。

【コミックマーケット79】
サークル名:橘研究所と電脳音楽隊だよ! 
(3日目:12/31 東 ユ23a)
日時:2010年12月31日(金) 11:00から
場所:東京ビッグサイト

さらに、このサークルには世界トップクラスの電動バイク「雷電」の製作者も来場されます。【G-watcher V2】と電動バイク「雷電」の意外な共通点とは何でしょう。さらに、台湾に行った目的と、その成果は!?当日ブースでお話してみてください。面白い話が聴けるはずです。

【ギネス申請中】電動バイク「雷電」コンソール/EVBIKE


【ギネス申請中】これが日本製・最速電動バイク「雷電」だ!

 

【最新バイク情報】これがハイテクを駆使した電動バイク【雷電】だ!

 

http://gyazo.com/3671e1693484dc911613f013395d4cae.png

 

 

 

 

 

タイトルのとおり、李登輝総統に会いに台湾へ行こう!ということで私も参加することにしました。李登輝氏については、小林よしのり氏のゴーマニズム宣言「台湾編」で名前を知っていたのですが、さらに詳しく知ろうと思い「武士道」解題という氏の著書を手に入れて読んでいます。感想はのちのち記事にしていきたいと思います。アマゾンレヴューにあるように多くの方が推奨される良本であることは間違いありませんので興味のある方は・・・日本人であると自覚される方は是非読んでみてください。

李登輝総統に会いに台湾へ行こう! の掲示板やブログ記事の効果もあって多くのお問い合わせが来ているようです。将来の日本を考えている方が少なからず存在することを実感できて私も嬉しく思います。後は行動するだけなので、必要なのは貴方の勇気ということになります。

さて、最近ですが大手企業の管理職の方とお話しする機会がありました。優秀なのは間違いないのですが、残念ながら視野がとにかく狭いことに驚かされました。話が噛み合ないのです、自身の仕事内容については詳しいのでしょうが企業の将来を担うのであれば政治や経済から文化など、多角的な視野が必要なのではないでしょうか。つまりスペシャリストではありますが、ゼネラリストではなかったということです。組織が大きくなると、それに属する人は内側ばかりを観ることになり、外の情報を知る機会がなくなり、変化に対応出来なくなります。そして、組織は崩壊するというパターンです。海外の企業の脅威に怯えながら、小手先のことしかできず本質を見失っているのは残念でした。日本の企業の将来を観てしまった気がします。既にGDPは台湾に抜かれ、やがては韓国にも抜かれる(もう抜かれた?)のは当然の結果です。


私は日本人として日本企業を応援するつもりで体を張りました。尖閣諸島の動画をネットに流した海上保安官のような(そこまでは大げさではないが)気持ちで行動しましたが、上記のような結果であれば何も言うことはありません。日本が駄目なら海外に目を向ければいいわけですから・・・。そこで、親日家の多い台湾に行ってみようと思います。今までの20年、そして私が理解出来る範囲の、今後2、3年は日本が良くなることはありません。その後の未来は貴方の勇気と行動力で決まるでしょう。

PS:台湾であなたに会いたいわん・・・。

文化大革命は、中国現代史の他のエピソードにもまして世界中に衝撃を与えました。言説といくつかの行為の極端なラジカリズムととともに、革命の舞台が都市部であり、政治家や知識人の階層に凝宿して現れたものでした。しかも、文化大革命はテレビの時代にふさわしく、熱情に溢れた数々の政治的儀式の見事な映像を世界に提供しました。革命は、それまでの諸運動と違って、終結するとほとんど同時に、中国自体においても公式に断罪され始めました。古くからの共産党の幹部や指導者に対する紅衛兵の暴虐ぶりを告発することは常套句となりました。もっとも、その直後の「秩序」への復帰段階において人民解放軍が犯した虐殺にこだわることは明らかにそれほど歓迎されませんでした。

文化大革命の第一の逆説は、最も熱狂的な過激主義が、成功の一歩手前まで達したように見えたとき、(わずか1年ちょっとでほとんどすべての権力中枢を一掃し、強固に制度化したように思われていた革命過程の再出発の瞬間においてさえ)文化大革命は都市部に部分的運動として、ただ青少年学生のあいだでのみ覇権をふるう運動としてとどまっていたという事実です。これに反し、当時核武装に専念していた科学研究にも、農民階級にも、軍隊にも手をつけないことが「中央文化革命小組」自身によって決定されました。これはより高く飛躍する為の一歩後退でした。つまり、社会および国家のいかなる部門も、本来は革命化を永久に免れてはならないということです。しかし、農村住民の大部分は「ささやかな自由」と自留地とに固くしがみついていました。また、防衛能力を破壊することも、経済を破壊することも問題外でした。最近の大躍進の経験に照らし合わせても、後者の点について彼らは慎重でした。前提となるのは、知的・芸術的「上部構造」内の権力奪取であり、国家権力の征服だったのです。しかし、この目的は達せられることはありませんでした。

1950年代の粛清とは大きく違って、特定の住民層を一掃するという目的が打ち出されたことは一度もありませんでした。最も犠牲者が多く出たエピソードは、全体としては「失態」の結果、すなわち、総体的計画もない、地域的規模での比較的自然発生的な暴力の結果、生じたものでした。土地改革よりも、すでに1989年6月の弾圧(第二天安門事件)に近いといえます。おそらく文化大革命は、革命的エネルギーを失った中国共産主義の行き詰まりの最初の兆候として残るに違い有りません。

 

参考文献:共産主義黒書 コミンテルン・アジア編
第二部 アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ
第一章 中国
文化大革命:アナーキーな全体主義(1966〜1976)

共産主義黒書 第一部はこちら Crescendo

同じ収容所内には労教、すなわち「労働による再教育」に割り振られた人々がいました。この集団の犠牲者は刑の宣言も受けていなければ、公民権も失っておらず、わずかな給料も受け取っていました。実際は拘禁には期限が無く、収容所には投票所が無く、食費と居住費として給料のほとんどが天引きされていました。彼らが犯したとされる違反行為は軽微で、労教で過ごす期間は原則として数年を超えることはなかったのですが、その長短は態度次第ということを幾度も思い知らされました。公安部は労教と労改の両方を管理していたため、双方の拘禁・労働条件は近いものでした。

「自由労働者」とよばれた「特権的」な集団が就業という「職業を強制的に割り当てられた者」たちでした。彼らの自由は制限付きのもので年に1回か2回は外出許可が出る以外は収容所を離れる権利はありませんでした。労教より待遇はよく、給料は少しはましで、家族を呼び寄せ、結婚もできるのですが、半刑務所的状況での生活は変わりなかったのです。

職業も、都会に住む権利も失い、離婚して、生涯被疑者である彼らにとって最も悲しいのは、多くは他に行き場がなく、この境遇に甘んじなければならないことでした。何の希望もない自由労働者は、怠け者で、未熟練で不潔でした。見るからに彼らは何一つ試みる値打ちも無いと決めているようだったのです。これら自由労働者は身の回りに何が起ころうとすっかり馬鹿にしていました。毛沢東の治下においては、有罪判決という有罪判決は実際上ほとんど終身刑だったといえるでしょう。

*「見るからに彼らは何一つ試みる値打ちも無いと決めているようだったのです」まさに現代の日本社会を反映しています。「自由」という名の「不自由」を強いられながら気づくこともせず、見ても見ないフリをしながら日々を過ごすのなら、収容所に拘禁された人々と同じ結末を迎えるでしょう。これらの不幸に巻き込まれないためにも 平成22年8月13日(金)に行われる懇親会に参加してみてください。

参考文献:共産主義黒書 コミンテルン・アジア編
第二部 アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ
第一章 中国
労改(ラオガイ)ー隠された<グラーグ>

共産主義黒書 第一部はこちら Crescendo

活動家たちも毛沢東も、すべての困難は農民による穀物の隠匿であると確信していました。少なくとも1万人の農民は投獄され、多くは飢え死にしました。また、厳しい冬が近づいているにもかかわらず火の使用まで禁じられてしまったのです。弾圧の暴走は恐るべきものであり、何千人もの被拘留者には拷問が加えられ、子供たちは殺され、ゆでられ、ついで肥料として使われたのでした。

「たとえ99%の者が死んでも、紅旗を維持する」と宣言され、幹部は生き埋めと焼きごてによる拷問とを復活させました。生き残った人が怯え、葬儀が事実上の抗議運動に転化することを恐れたため、葬式も禁止されました。「受け入れれば受け入れるほど、それだけ捨てる者が多くなる」とされ捨て子を受け入れることも禁止されたのです。絶望し都市へと逃げ込もうとした人々の多くは射殺されました。飢饉による死亡率は村によっては50%を超え、権力を濫用した幹部だけが生延びることができたのでした。人肉食のケースは数多く、組織を通じて食べるべき子供を交換しあったのでした。

ガガーリンが宇宙に飛び出したころ、ヨーロッパのアンシャンレジーム下に見られたような、生存を巡る大危機に固有の荒廃ぶりが再現されました。18世紀の全世界の人口と同じ規模にあたる住民が被害を受けました。飢えた人々は病気や感染症にかかりやすくなり、死亡率は拡大し、消耗しきった女性の妊娠能力や出生能力はほとんど停止したのでした。労改の被拘留者は、製パン用の小麦粉に30%の製紙用のパルプを混ぜたものとか、米粥に沼のプランクトンを混ぜたものといった類の、飢饉用代用食の実験用モルモットとしても使われました。パルプのパンでは収容所の全員がすさまじい便秘にかかり、多くが死に、プラン九トン粥でもやはり全員が病気になり、か弱い人々は死んでいったのです。

飢饉による高死亡率に関する損失数は、1959年から1961年の間に2000万人から4300万人と推定されます。中国の全歴史上ほとんど間違い無しに最も深刻な飢饉であり、また、おそらく世界史上でも最も深刻なものだったといっていいでしょう。1932年から1934年のあいだにソ連を襲った飢饉では500万人の死者を出しましたが、比率の上では大躍進期の中国より小規模だったのです。農村での死亡率は、正常時の都市の死亡率を上回り、1960年の農村死亡率は都市のそれの2倍になったのです。

参考文献:共産主義黒書 コミンテルン・アジア編
第二部 アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ
第一章 中国
史上最大の飢饉(1959ー1961)


ナチズムの犠牲者約2500万人に対し、共産主義により殺された人数は1億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか?

共産主義黒書 第一部はこちら Crescendo

農村勤労者はあらゆる労働に動員され疲弊しきっていました。「経済的妄想と政治的欺瞞」の結合の結果、農民には取り入れる余力すら残っていない悲惨な収穫高でした。河南は水利工事が100%完成したと宣言した最初の省でしたが、それはまた、飢饉によって最も酷い打撃を受けた省の一つでもありました。推定でも200〜800万人の死者を出したと言われています。

1959年7月、彭徳懐(ほうとくかい)が共産党政治局で毛沢東の戦略を攻撃したため、毛沢東は政治戦術的理由から己の非を認めまいとして、どんな難問も存在するのを認める事を拒否しました。毛沢東は自分の地位を揺るぎないものにしようとして、1959年8月大躍進の再開と深化を押しつけ、以後、人民公社は都市にまで拡大されると約束されました。中国は大飢饉に見舞われました。それでも毛沢東は生き延びるのでしょう。なぜなら歴史をつくるのは天才たちなのだから。

飢饉は国全体を襲い,北京ではバスケットボールのコートまでが野菜畑に変わりました。しかし、備蓄食料の配分と権力機関の近接性の点で恵まれていた都市では、打撃はそこまでひどくありませんでした。1961年の時点で食料配給率は都市住民で減少率8%であったのに対し農村住民は25%減少しました。毛沢東は中国の支配者の伝統に忠実に、農民という人々の存在についてさえほとんど心遣いを見せることはなかったのでした。

ヨーロッパの過去の飢饉の例によれば、工業作物(サトウキビ、採油植物、ビート、綿花)に特化した地域では、ひときは厳しい飢餓に襲われたとき、飢えた人々はもはや製品を買う手段も無いので、生産が崩壊してしまうようです。飢饉が本質的に政治次元のものだったことは、正常時はむしろ穀物を輸出する省なのに、当時過激な毛沢東主義者に指導されていた省にきわめて高い死亡率が集中していた事実によって証明されます。

参考文献:共産主義黒書 コミンテルン・アジア編
第二部 アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ
第一章 中国
史上最大の飢饉(1959ー1961)

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数ヶ月のあいだ、すべてが完璧に進行しているように見えました。「もっと多く、もっと早く、よりよく、そしてより経済的に」生産し、責任者は新記録につぐ新記録を発表し、その結果として目標は絶えずはね上がることとなりました。主席が保証するとおり、「状況はすばらしい」のだから、生産ノルマは引き上げられ、義務的な供出量は増加し、作業場建設のために農地を更地にするように命令されました。

しかし、幹部は自らの罠にはまりこんでしまいました。ーーー楽天主義の罠、百戦百勝を重ねた成功の罠、戦闘中の軍隊でも指揮するように経済と労働者を管理するのに慣れた、長征生え抜きの神話的指導者は万能だという思い込みの罠へと。幹部のとっては、耐え難いほど住民を搾りあげてでも、何とかして予定通りの引き渡し額を供給するために、統計の数字をいじることの方が、神聖不可侵な目標を達成できなかったと告白するよりリスクが少なかったのです。1958−1959年には、うそが大きければ大きいほど、嘘をついた者の昇進は早かったのでした。潜在的な批判者は牢獄か灌漑工事の現場行きだったのです。

ソ連アカデミー会員から直接輸入された、遺伝学の主意主義的否定に基づくある種の農学的方法は、ソ連におけると同様、中国でも教条的価値を帯びていました。農民に押し付けられたとき、それらの方法は悲惨な結果をもたらしたのです。超過密な播種は若い苗を枯らし、深耕は土地を干上がらせました。あるいは塩分を地表へと浮き上がらせたのでした。その他の誤りは、穀物を食べる雀を皆殺しにすると、寄生虫が急増したのでした。また、数多くの水利工事が行われましたが互いに調整がとれておらず、工事は役に立たないか、有害でさえありました。しかも、その工事には多くの人命の犠牲をともなったのでした。


参考文献:共産主義黒書 コミンテルン・アジア編
第二部 アジアの共産主義ー「再教育」と虐殺のあいだ
第一章 中国
史上最大の飢饉(1959ー1961)


ナチズムの犠牲者約2500万人に対し、共産主義により殺された人数は1億人に近い。民族・人種によるジェノサイドとイデオロギーによるジェノサイドがどこが違うのか?

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