中学生からの愛の授業 宮台真司 - 流水成道blog

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中学生からの愛の授業 宮台真司

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中学生からの愛の授業

この本は題名の通り、愛について社会学者が授業するという本なのですが、恋愛にとどまらず、外交や政治に関する話題まで発展しています。つまり、日本が外交下手で諸外国から嘲笑されたり、日本の政治が機能せず幸福度調査で世界75位だったり90位だったりするのは、恋愛のコミュニケーションが下手だからと、書かれています。そういう発想は無かったですが、読んでみると一理あると感じます。

外交では「表現」と「表出」を区別して、「戦略的行動」をとらないといけない。ここ重要。

宮台 外交の目標は、国益を増やすこと。何よりも優先されるべき目標があるなら、あらゆる手段をとるのが基本。そういう場合「損して得とれ」が必須になる。隣国の独裁国家の核武装を解除することは、何よりも優先される目標だ。ならば「損して得とれ」以外ない。
そうした「損して得とれ」みたいに、長期的利得のために短期的利得をあえて追求しない振る舞いを「戦略的行動」と言うんだ。戦略的行動がとれるようになるためには、ちょっと難しくなるけど、「表現」と「表出」を区別できるようにならなきゃダメなんだ。
「表現」というのは、英語でいうと、相手にインプレス(印象づける=中に押し込む)ためにエクスプレス(外に押し出す)することを言うんだよ。つまり、相手がある。相手をこちらの意図どおりにコントロールするために、コミュニケーションを使うことをいうわけ。
一方、「表出」というのは、ギリシア語(に由来する精神学者フロイト用語)で言うと、カセクシス(充填されたもの)をカタルシス(吐き出し)することなんだ。自分をスッキリさせることね。相手は関係ない。無人広場で叫ぶのもOK。コミュニケーションじゃない。
日本人は、民族絶滅の危機を経験したことがないせいか、能天気に「表現」と「表出」を混同しがちだ。外交は、相手をコントロールするための「表現」である以外ないのに、感情の激流に巻き込まれて「表出」になってしまう。単なる叫びになってしまうわけだ。
「ネトウヨ」「2ちゃん系ウヨ豚」たちは、相手をコントロールして利益を得る「表現」ではなく、気分すっきりの自己満足を目指す「表出」にハマる、弱いヘタレに過ぎない。あるいは、分かりやすい敵を作り出すことで仲間内の盛り上がりに加わって安心したい、最低のヘタレ。
こうした幼児的なヘタレの言うとおりに日本が外交を展開してしまうことがあれば、得られるものは「ヘタレの感情がすっきりすること」だけで、下手したら、核ミサイルを撃ち込まれて「国が滅びること」だってあり得ないわけじゃないよ。それでもいいのかなぁ?

人間関係の達人になるには、「こういうときは、こうすればいい」という知識だけでなく、経験が必要。

宮台 外交っていうのは、国益のために相手国を動かすことだ。だから外交は「表現」なんだね。ってことは、言うことの中身だけじゃなく、そこでソレを言うことで、どんな政治家だと思われるか、どんな国だと思われるか、というセンスが、すっごく重要になるんだよ。
これって、性愛のコミュニケーションの上手下手と同じだよね。相手が浮気したときに責める言葉を何度も言う。言葉の中身がどんなに正しくても「あぁ、この人はセコくてシツコイ。浮気相手のほうがずっといいな」と思われて、フラれる。そういう男って最低だよね。
その意味じゃ、外交や政治における、損して得取る「戦略的行動」や、相手を思い通りに動かす「表現」の能力って、外交官や政治家だけの特殊なものじゃないんだ。日常生活の中で、愛する相手との関係を良好に保つための能力と同じことなんだよ。分かったでしょ?
ミウ はい、恋愛とか性愛とかそういう人間関係のコミュニケーション能力がすごく関係してくるんですね。
宮台 そう。逆に言えば、恋愛や友情における人間関係の達人は、外交や政治の達人になれるっていうことだ。さらに言い換えれば、人間関係の達人がたくさんいる社会は、恋人関係や友人関係に恵まれて幸福度が高いだけじゃなく、外交や政治もうまくやれて国民を幸せにできるっていうことだ。
つまり、日本が、日本よりずっと貧しい国々に比べても幸福度が低い国だってことと、日本が、外交や政治がめちゃめちゃ下手クソな国だってことは、関係してるの。「日本が外交が下手なのは、性愛コミュニケーションが下手だから」ってのは、根拠があるマジな話なんだよ。
ミウ そうですね。めんどうだし、難しい部分もあるけど、私もまず自分のまわりの人間関係からちゃんとしないとな、って改めて思いました。
宮台 人間関係の達人になるには、単純に「こういうときは、こうすればいい」という知識をもっているだけじゃダメだ。経験が必要なの。なぜだか分かる?
人間が感情の動物だからだよ。たとえ頭(理性)で分かってることでも、心(感情)は制御できないんだよ。感情をコントロールできるようになるには、自分自身での経験が絶対に必要なんだ。
ミウ 私、臆病なほうなので「経験」と聞くと少し恐い感じがしてしまいますけど…。うまく人間関係が作れる大人になりたいと思います。勉強しているヒマがあったら、親しい「関係」を作れ、ですよね。
宮台 そう。友達や恋人、地域なんかとの「関係」をね。ミウさんやこの本で僕の授業を聞いてくれた子たちは、今までになかった知識を手に入れたと思う。それは喜ばしいことだけど、でも知識だけじゃ足りない。経験で補ってほしい。経験を重ねるうちに、僕が授業で言ったことも、「あっそういうことだったのか」っていう具合に後から意味が分かると思うよ。
経験を重ねるということは、失敗を重ねるということだ。失敗を重ねるうちに、だんだん失敗しなくなっていく。最初は感情を制御できなかったのが、だんだんと制御できるようになっていく。そうなれば、いつか必ずいい恋愛ができるようになる。そして幸せになれるんだ。

恋愛が成功するには、相手の喜ぶことをして好かれることと、相手の嫌なことをしても嫌われないという、2つの能力が必要。

相手の喜ぶことをして好かれるということ。まず人は「承認」や「理解」を欲しがっている。また、個人が剥き出しのまま雨風にさらされないように、社会によって「包摂」しないといけないのだが、日本では「包摂」が少なくなっている。「包摂」とは「排除」の反対の意味で、「差異」があっても受け入れること。たとえ貧乏でも社会の中に「包摂」されて生きていけるのなら幸せになれる。自分が「包摂」されているか判断するには、「金の切れ目が縁の切れ目」ではない愛や絆を持っているか、考えてみればいい。人を「排除」してばかりの人は、人からも「排除」されやすいので、ろくな死に方をしない。つまり、人に「差異」があっても「理解」して、多様性を「承認」し、社会に「包摂」してあげればいい。

相手の嫌なことをしても嫌われないということ。人には「全体性」というのがあり、良い部分だけでできている人はいない。どんな人でも、人から嫌がられる部分はある。気まずくなるのが嫌だからといって、自分の嫌な部分を隠したり、相手の嫌な部分を指摘しなかったりしていたら、本当の愛や絆は作れない。腹を割って話をしないといけない。それで壊れるような関係なら、無い方がまし。深い関係になればなるほど、人の嫌な部分も見えるが、それでも決定的な破局を回避して「手打ち」にして仲直りする力量がないと、関係が続かない。感情のまま「表出」してはいけない。感情を制御し、相手をどれだけ愛しているか理性で「表現」すればいい。

どんな勉強より人を成長させるのは「ミメーシス(感染的模倣)」すること。「ミメーシス」とは、「あの人みたいにすごくなりたい!」と思って真似をすること。ウイルスに感染するみたいに、その人のすごさが自分の中に染み込んできて、模倣をしてしまう。「この人は、とにかく、すごい!」と直感し、箸の上げ下ろしから歩き方まっで真似してしまう。その人たちのオーラ(漂わせる雰囲気)に影響を受けるという感覚。その人たちが発言したことのない意見や問題でも、「廣松先生ならどう考えるだろう」という具合にとらえて想像してしまうので、結果的に知識も身につく。感染している間、ずっとテンションが高くて喜びがあふれている。知識が身に付く前、頑張っている途中も興奮している。

作者の宮台真司さんは相当もてるみたいなので、身近に真似をする人がいなければ、宮台真司の真似をするのもいいかもしれません。

 

松浦彰夫 拝

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このページは、松浦彰夫が2010年7月29日 02:36に書いたブログ記事です。

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