
秋月のメンバーの高橋誠一郎さんの、水素革命近未来! ー 教育における革命 が12月22日に発売されます。おめでとうございます。8月23日のコミティアで同人版を発表してから4カ月というスピード出版です。著者の高橋さんに連絡すればサイン入り版を購入することもできますので、欲しい人は高橋さんのブログである想月にコメントを残してください。
本の内容は非常に濃くて、平均的な書籍10冊から100冊分くらいの内容が濃縮されています。アダム・スミスの『諸国民の富』程度といえば分かるでしょうか?内容を抜粋するにしてもどこを抜き出しても全体の説明にはならないので、書評はすごく書きにくいです。実物をなんども読まないと分からない(私の場合、まだ全部を理解しきれていないです)と思いますが、同人版から書評(要約?)を書きます。
第1章 情報世界の台頭
環境問題や情報の洪水により、現実世界はカオス化していく。現実が不確実になれば何をしてもリスクは高くなる。カオスを減らす機能を持つ、情報世界の価値は増大していく。
第2章 国家と文明の崩壊
人口はエネルギー(食料)に依存する。食料、燃料が不足すれば文明が崩壊し、国家も滅亡する。
組織には、機能と構造がある。本来、機能を実現するために組織はあるが、機能を見失い組織の存続自体が目的になれば、その組織は滅亡する。滅亡しないためには、機能を追求し、構造を状況にあわせて変革し続けなければならない。
過去の成功があったなら、その状況においてそうなるという必然的な法則、「原理」がある。しかし、「このやり方がうまく行く」と、やり方、「原則」の方を真理と勘違いしてしまうところに失敗の原因がある。うまくいく方法より、うまくいく理由を理解すべきである。
旧帝国陸海軍では、組織の合理性より組織内部の人間関係が優先された結果、自己改革力を失った。仲間内の摩擦回避を最優先しているうちに、主張の強いものが専横し、服従的な組織支配が確立する。仲間意識が重視される結果、異なる意見を持つ者が排除され、独創性が軽視される。仲間内の摩擦を避ける風潮は、やがて「日常の自転」を生み出し、「思考停止」へと至る。組織全体を統轄していた中心が消え、縦割り割拠主義(セクショナリズム)が横行するようになる。これが、何々主義に代表されるお題目が確立され、金科玉条となって、状況が変化しているにもかかわらず墨守される。その結果、摩擦を避け、処分が甘くなり、さらなる暴走を生む。人事の悪平等から適材適所や抜擢が行なわれなくなる。組織の構造が維持されるために、組織の機能が失われていった。
第3章 教育の歴史
「教」は機能を授け、「育」は構造を育てることである。
教育の目的には2つの方向がある。1つは国家、社会にとっての目的であり、もう1つは子供や学生など教育を受ける者にとっての目的である。教育を行なう社会にとって、教育水準の高い人々の社会と教育水準が低い人々の社会を考えてみれば、教育水準が高い方が社会運営が効率的になることは明らかである。教育を受ける者にとって、外部から取り入れたものを内面化し行動に役立てることで、意味のあるものになる。
覇権国とは世界の正義を決める国である。しかし、平静21年現在、覇権国のアメリカは覇権を失いつつある。良い悪いは別にして、覇権の消滅は世界を無秩序にする。不死の人間が存在しないのと同様に不滅の国家も存在しない。通常、世界一の国が崩壊すれば第二位の国が覇権を継承する。そうでなければ、多くの人が迷惑する。日本は世界2位の経済大国である。長い歴史を持ち人口も億を超え、科学技術の世界トップクラスである。しかし、日本人の魂には穴があいている。それを証明するのが世界最大である覚せい剤の消費量だ。多くの人は世襲の首相が正しいとも思っていないし現在の教育が世界モデルとして相応しいとも感じていない。世界は覇権国としての正義を求めている。しかし、戦後の日本人は教育に失敗した。この失敗を真摯に認めれば結論はたった1つである。それは「教育の新生」である。しかし、アメリカの覇権が崩壊した最大の理由は石油の枯渇である以上、日本は覇権国としての責任として石油文明移行の教育が求められる。世界は情報化しそれによって居ながらにして世界中の出来事を表層的ながらも知る事ができるようになった。我々は石油文明が崩壊する以上、水素文明を生み出さなければならない。その為には最も重要なのはその文明構造に適した「教育における革命」である。オムレツを作るには卵を割らなければならない。卵が割れても自動的にオムレツは完成しない。大きなオムレツである水素文明には多くの人々の協力なしには絶対に作ることができない。そして、我々には時間も多く残されていない。つまり、革命的な速度で新しい人々を教育し、その教育を受けた人々で新しい文明を作るしかないのである。
第4章 コミュニケーションの教育
今回の金融破綻に端を発する経済破綻は資本の注入や保証によって解決できるものではない。なぜなら、今回の問題の本質は社会全体で増え続ける情報料(情報エントロピー)との戦いであるからだ。例えるなら現在の文明システムは、ホスト・コンピューター型のシステム、つまり中心型システムなのである。そこがその処理能力を超えるほどの情報量が発生してしまっていることが問題となっているのだ。そこで、ホスト・コンピューター型のシステムからパーソナルコンピューターのネットワーク型システムに変えればいいというのが、現在の問題の解決法なのである。つまり、大型コンピューターによる中央集中型システムから小型コンピューターによる分散制御型システムである。ところが、「そうかシステムを変えればよいのか」とは簡単にいかない。それを運用するのはやはり人間であるからだ。これまで常識と思ってやっていたことを、新しいシステムを運用するにふさわしい発想に変えねばならない。人間の頭には際限が無い。少なくともどの辺りが有限の限界なのか、思考の果てなのかを理解するのは難しい。しかし、その無限に近い思考を言葉にすれば必ず有限の壁にぶつかる。言葉は有限の語彙の組み合わせに過ぎないからだ。この分散型の制御とは無限に近いカオスに対して秩序を生み出す動的な組み合わせである。
そこで、教育システムの変革が必要となる。ホスト・コンピューターからネットワーク・コンピューターに変化させるためには、OSの切り替えが必要だということに例えられよう。生まれながらの感応力がある人間なら最良なのだが、そのような人材はそう滅多にはいない。絶対数が足りないためスペシャルな人材で固めるという発想は現実的ではない。そこで、高性能サーバーの数が足りないなら旧型パソコンにサーバーOSをインストールして対応するしかないという発想である。生まれながらの感応力者に比べれば処理能力の制限はあるが、そこは社会のカオス化を制御するためには、数をもって制御する必要がある。言い換えれば、新しい文明のシステムを理解し運用できるように、現在一線にいる人たちを再教育する必要があるという意味である。そこで、広く多くの人間に理解し習得してもらうために遠隔教育が必要となる。
この「教育における革命」そのものも、並列分散教育システム『秋月』の成果である。筆者は水素文明を知ってから、たった半年でこの書籍を書き上げた。『秋月』は参加者1人1人の脳を脳細胞と見立てたサイバー空間上のフラクタルな脳といえる。『秋月』の中で発想・構想されたものの出力するにあたり、サブシステムとしての筆者の脳と手がそれを担当している。
上記の文章を抜粋することで、私の理解が進みました。自分でも驚きです。やはり、学習は行動があるからこそ、深くなります。皆さんも「水素革命近未来! ー 教育における革命」を読んで、書評を書きませんか?
松浦彰夫 拝