流水成道blog: 2009年4月アーカイブ

2009年4月アーカイブ

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連山が改装しますので、昔の記事を流水成道に引っ越しします。2008年7月11日 07:41の記事です。



資本主義と社会主義の時代


20世紀の世界は、資本主義と社会主義に分かれて競い合っていました。


しかし、今ではどちらも、かつての勢いは無く、限界に達しているように見えます。


その理由は、幸せになる人より、不幸になる人が多かったからだと、筆者は思います。


資本主義では、少数の金持ちがいる反面、多くの人がワーキングプアになりました。


社会主義では、頂点の権力者に逆らった多くの人が、殺されたり投獄されたりして、イエスマンのみが生き残りました。


どちらも人を抑圧する制度でした。


抑圧するものに反発するのは自然な心情です。



主義とは何か?


そもそも、『○○主義』(○○ism)なんでしょうか?


○○が万能(主)で、○○が正義(義)であり、○○を求める人の集まりであり、○○を基盤(コミュニケーション・メディア)とした制度だと、筆者は思います。


資本とは、貨幣=商品の生産手段・交換手段・貯蔵手段としての金銭です。


資本主義とは、金銭が万能(主)で、金銭が正義(義)であり、金銭を求める人の集まりであり、金銭を基盤とした制度です。


社会とは、人間の関係や人間の集まりであり、人間の集まりを動かすための警察力・軍事力である、権力のことでした。


社会主義とは、権力が万能(主)で、権力が正義(義)であり、権力を求める人の集まりであり、権力を基盤とした制度です。


金銭も権力も、少数の人間が集めようとします。


残りの人間は、それらが奪われてしまうので、奪われた分だけ不幸になります。


資本主義も社会主義も、人を不幸にするメカニズムが内臓されていました。


少数の持てる者に徳があれば、それを分配して循環させることも可能ですが、そういうことは稀でした。


そして、資本主義も社会主義も、自分で選んだのではなく、我々はいつのまにか囲い込まれていました。



人を幸せにするもの


不幸の拡大を食い止めるため、人を幸せにする制度に転換できないでしょうか?


人を幸せにするものを探してみたところ、美がありました。


美は、人を魅了し、人を感動させ、人に好まれ、人を幸せにする性質があります。


皆さんは、何かに感動して、見とれてしまったことがありますか?


おそらく、それが美です。


皆さんには好きな人がいますか?


その人のことを考えるとき、沸き起こる感情、それもおそらく美です。



美心主義を想定する


そんな美を基盤にした制度ができるか、考えてみます。


前回のタイトルでは、それを仮に、美を根本とする主義、美本主義と呼んでいましたが、美心主義と呼ぶことにします。


美の根本にあるのは、美を尊ぶ心だと考えます。


美しい心を持つ人が尊ばれるのが、美心主義です。


『○○主義』なので、美心主義は、美心が万能(主)で、美心が正義(義)であり、美心を求める人の集まりであり、美心を基盤(コミュニケーション・メディア)とした制度です。


美は、それによって誰かが幸せになっても、別の人が不幸になることはありません。


美しい音楽を聴いて幸せになっても、別の人が不幸になることはありません。


だから、どれだけ美によって幸せになっても、罪悪感を感じる必要はありません。


むしろ、評判が広まることにより、より多くの人を幸せにするという、正のフィードバックがあります。


この性質は、資本主義や社会主義と根本から異なる点です。


美心主義では、人が何か行動を起こすとき、どんな心に基づいているのかを判定されます。


金儲けや、権力集めよりも、心が美しいか、人の幸せを願っての行動であるかどうか、参加者から判定され、評価が共有されます。


嘘をついて騙す人や、嘘の情報を流して人を不当におとしめる人も現れますので、それらをチェックすることも必要です。


人の幸せを願っての行動でも、合成の誤謬で結果的に人を不幸にすることがありますので、行動の前に結果をシミュレーションしたり、行動の後に結果を検証してフィードバックすることも必要でしょう。



美心主義の未来


現実の世界は、美心主義の方向に進んでいると、筆者は感じます。


未来は明るいです。


あとは、どれだけ抵抗なく美心主義に移行できるか、反対者の手で壊されてしまわないかが問題です。


美しい心で美しい行動をした人を褒めること、これは美心主義の支えになりますし、誰でもできます。


日本のアニメが世界で好まれているのも、どんな心で、どんな行動をするのが美しいのか、それに気づくことができるからだと、筆者は考えてます。


現実はフィクションみたいに上手くいかないことも多いですが、せめて美しい心で立ち向かおうじゃないですか。


美しい心で行動すれば、幸せになります。


そして、皆さんのまわりで美しい行動をした人、あるいは歴史上の人で美しい行動をした人を知っていたら、ブログか何かで褒めてあげてください。


それを見た人がそこから学び、美しい行動をし、世界が美しくなります。



美心主義について、ひとまず完結です。


読んでくださった連山読者の皆様方、ありがとうございました。



松浦彰夫 拝



コメント


美本主義という言葉を聞いて連想した事なのですが、少し前、「シゴフミ」というちょっと悲惨なアニメで、美しさを至上のものとする主人公の父が、「私みたいに美しくない者はどうしたら良いのでしょう」と質問された時に「死ねばいいんじゃない?」と言い放った事がありました。


言われてみれば確かに、美しくない存在は美本主義社会の中でどう扱ったらよいのでしょうかと気になります。また人は、どんな美人であっても加齢とともに必ずその美は失われてしまいます。いざやるとなると色々難しいかもしれません。水をさすつもりは決して無いし共感もできるのですが、その点が少し気になりました。


Posted by EasyMan・HogeHoge(旧Meaning) at 2008年7月 8日 10:12



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静岡市の放射線 2009年4月24日1時26分 晴れ


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今日は重い話です。


仕事で取引先に行き、お客様と話をしましたら、「別の部署の方が昨日自殺した」という話を聞きました。


理由は良く分からないのですが、「うつ病や自殺をする人の傾向として、過去のつらい思い出にとらわれることが多い。現在や未来は変えられるが、起こってしまった過去は変えられない。つらい過去にとらわれるより、現在や未来のことを考えて行動した方が良い。もし仕事で行き詰まって自殺するくらいなら、会社を辞める方が良い」という話になりました。


人が死ぬというのは、今更ですが大変なことだと、実感しました。ご冥福をお祈りいたします。


つらい事や苦しい事があっても、ぼんやりと流されるのではなく、それにどれだけ対策を打てるか重要なのだと肝に銘じました。皆さんも苦しむくらいなら、「案ずるより産むが易し」と行動を起こすのが良いかもしれません。自分の未来は知ろうとしても、なかなか分からないものです。過去に起こった事がまた起こる場合もあれば、起こらない場合もあります。過去を振り返って反省するのは良いですが、その反省は過去の失敗を未来に活かすためのものです。



松浦彰夫 拝



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静岡市の放射線 2009年4月23日2時26分 晴れ


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連山が改装しますので、昔の記事を流水成道に引っ越しします。2008年7月 1日 10:00の記事です。


f:id:ryuusuijyoudou:20070924155512j:image



発端


「日本は美を大事にすることによって、社会の秩序が成り立ってきた国だ」と、ある人から聞いたことがあります。もう15年も前です。田舎から都会に出てきたばかりの、世間知らず、おのぼりさん大学生だった筆者には、何のことかさっぱり分かりませんでした。解説しますので、おつきあいください。



背景


当時、儒学者の先生と縁があって、東洋思想の学生向けの勉強会に参加する機会がありました。冒頭のは、その先生から言われた言葉です。いろんな話を伺っていたんで、特にこれを気に留めなかったんですが、しばらくして気になって仕方がなくなりました。今さら、「そう言える根拠は何?」、「美って何?」、「秩序って何?」、なんて聞くことも出来なくなってしまったので、自分で調べることにしました。


「心の中に物差しを作ることは大事なことで、本当の勉強とはそういうことだ」という話も聞きました。「物差し」ってのは判断基準のことですね。


  何が正しくて何が間違っているか。


  誰が偉くて誰が劣っているか。


自分の中に判断基準が無ければ、一貫性が無く世間に流されるだけで、結局何も残せない。だから勉強して、判断基準を身に着けて、価値判断が出来るようになれ。そういうことを言われました。確かに、そんな気がします。


「日本が美によって成り立ってきた」というのは、日本の国としての物差し=判断基準が、「美か醜か」、ということです。


本当でしょうか?


美というのは、物質的なものだけではなくて、心の美しさもあります。美しい心を「まごころ」と呼んで、日本では昔から尊重されてきました。(どのくらい昔から尊重されてきたのかは、分かりません。)まごころとは、「他人の幸せを願う心」です。これは筆者の物差し=判断基準では、美しさ満点です。


心というのはやっかいな性質があって、形がありませんので、そのものは見えません。しかし、行動から推測することができます。心が外に表れたのが行動だから、行動が美しい人は心も美しいはず、という理屈です。



武士の美意識


江戸時代の武士は、美しい行動をすることに、現代人から見ると異常なくらい、こだわったそうです。


  道や廊下の角を曲がるときは、直角に曲がる。


  いつでも背中を伸ばし、足を投げ出さない。


行動から心の美しさを証明しようとしたのでしょう。


心の美しさを表す言葉が、たくさん共有されていました。


  義、勇、忠、孝、信、礼、など。


これらは漢字なので中国起源ですが、日本的な「まごころ」の種類を説明するものとして使われたのじゃないかと、筆者は思ってます。


また、金儲けは醜いものだという認識があり、質素につとめました。質素を美しいとする、侘び寂びという価値観もあります。武士が物質的な贅沢をよしとしなかったのは、もともと武装した自営農民、屯田兵、開拓農民団だからなのかもしれません。質素でないと出来ない、武者修行の風習もあります。漂泊の旅をした西行法師も、元は北面の武士でした。源頼朝は西行法師と会ってますし、何かしらの影響を受けて、質素が武士の標準になったかもしれません。源氏は皇室の分家ですね。


武士の時代の前は、貴族・公家の時代である、平安時代です。平安時代末期は、中央集権が強くなりすぎて、税がどんどん重くなり、貧富の差が広がり、民衆の生活は苦しくなっていったようです。そこで農民は、源氏等の名門の武士に農地を寄進して私有地にすることで、重税から守ってもらうことにしました。源氏の前に天下をとっていた平氏は、貴族化することにより農民を守らなくなり、農民の支持を失って、源氏の勢力拡大をゆるしてしまったようです。源頼朝は都と距離をとり、武士が中央政府と民衆の間を取り持つという役割を確定させ、社会の安定を回復することに成功しました。政治の天才といえます。



公家の美意識


平安時代の公家・貴族は、和歌を詠んだり、蹴鞠をしたり、楽器を演奏したり、遊んで暮らしてたように思えますが、ある意味、美のために生きていたともいえます。この場合は芸術としての美ですね。和歌が下手だと結婚も出来ないので、それなりに必死だったと思います。でもやっぱり、遊んで暮らせるので良い身分です。


なんで芸術活動に励んでいたか考えると、その前の時代の奈良時代は、戦乱の時代でした。物部氏vs.蘇我氏、というように豪族間で抗争をしていました。兄弟間の後継者争いも、武力闘争です。負けた方は、聖徳太子のように一族滅亡です。


そんな過酷な争いに嫌気がさした、藤原不比等(または藤原氏の周囲の誰か)が、文芸を奨励してエネルギーを転換することで、戦乱を終わらせたのだと思います。平安の文芸は、例えば和歌だと歌合せとかいって、勝負の要素が強いものです。戦争のかわりに、オリンピックで競う、みたいなものです。



歴史編まとめ


このように、公家は芸術の美意識、武士は行動の美意識を、それぞれ練り上げてきました。芸術の美は集団間(横)の争いを、行動の美は階層間(縦)の争いを調停する性質があるようです。これが「日本は美を大事にすることによって、社会の秩序が成り立ってきた国だ」という話の、歴史からの考察です。



次回、未来編に続く。



松浦彰夫 拝



コメントも移動。


美意識による人間の価値観。非常におもしろくまた関心いたしましたのでコメントしたく思います。


身体に美しいと書いて、躾・・・。


しかし躾の本質を理解している人は少ないと感じます。


また人がどうすればよい・・・ということに対しての答えも然りです。


私は思うひとつの答えは・・・わからない・・・ということ。


つまりわからない心境に立って、はじめてどうすればよいかと、判断しなくてはいけない状況になる。つまりわかりきったことですが、この先はわからないということです。


しかし今ある状況はひとつひとつ理解することをつとめれば、今の状況を認識、つまり知ることができます。知っているということですね。


話はもどりますが、美しいということはどういうことかわかりませんが、すくなくとも美しいことは知っている。また自分がどうしていくことが自分にとって美しいことかを考えることが、躾にも通じる美しさではないでしょうか・・・。


そういった自分自身のみを見つめなおす自分の時間をもつことも、大切に思います。


Posted by あるかりまさお at 2008年7月 1日 01:43



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静岡市の放射線 2009年4月22日0時30分 雨


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静岡市の放射線 2009年4月19日23時49分 曇り


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連山が改装しますので、昔の記事を流水成道に引っ越しします。2007年11月28日 09:33の記事です。



イラク占領―戦争と抵抗

イラク占領―戦争と抵抗





f:id:ryuusuijyoudou:20090419224359j:image


wikipedia:サッダーム・フセイン


イラク戦争の惨状が良くわかる本です。


戦争の当初はイラクの人も、フセイン統治時代は最低の状態であり、これ以上悪くなることはない、戦後は良くなるはずだ、と期待していました。しかし、進攻後の復興計画は無く、破壊と混乱をもたらしただけでした。



治安は悪化し略奪と誘拐が横行するようになりました。


電気等のインフラは破壊されたまま放置されました。


一般人も宗派毎のテロの標的になっています。


占領軍は、テロリストへの攻撃と称して、一般人の住居を攻撃します。


技術者や知識人などの生活能力が高い人は、国外に脱出していきます。


政治家は、1箇所だけある安全地域に引きこもり、状況は改善していると、裏付けの無い大本営発表を行います。



以下のような教訓を読み取れます。


・復興計画が無い破壊は混乱を巻き起こすこと。


・最低の状態の下限は無く、予想を超えた惨状があること。


・独裁者と秘密警察による監視社会では、一般民衆は貧しくなっていくこと。


・戦乱で苦しむのは、一般民衆だということ。



こんな戦乱は早く終わってほしいですが、どうすればいいのか、先は見えないです。



f:id:ryuusuijyoudou:20090419224135j:image


wikipedia:劣化ウラン弾



この本ではあまり出てこないですが、劣化ウラン弾やBC兵器により土地が汚染されていれば、人が住むには苦しいです。


中東全域や世界中に戦争が広がったらと、考えるだけでも恐ろしいです。


関連サイト BenjaminFulford : アメリカの歴史上最悪の大統領の孤独



松浦彰夫 拝



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静岡市の放射線 2009年4月19日23時46分 曇り


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静岡市の放射線 2009年4月18日23時31分 曇り


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